Quarterly
Kyokai
| 通算号 | 時期号 | 表紙見出 | 特集 | 残部 |
|---|---|---|---|---|
| No.87 | 2012夏 | 中国プロテスタント教会の歴史と課題 悲しみに打ちひしがれても、 なお(1) ベルギー信仰告白 レスリー・ニュービギンの聖書論 |
有 | |
| No.86 | 2012春 | 主の教会を支える長老 | 有 | |
| No.85 | 2011冬 | 主の教会を建てる教師 | 有 | |
| No.84 | 2011秋 | 現代に創造信仰を語る望- | 有 | |
| No.83 | 2011夏 | 伝道をどうするか -現状と展望- | 有 | |
| No.82 | 2011春 | 老いること、死ぬこと 礼拝堂空間と光 韓国の長老教会 神への問い〈 神のメディア〉 |
有 | |
| No.81 | 2010冬 | 主の教会を建てよう 明治期日本の異なった聖礼典理解 ―熊本バンドを手がかりに 神への問い〈 万人にとっての神〉 |
有 | |
| No.80 | 2010秋 | 現代に教会は何を伝えるのか | 有 | |
| No.79 | 2010夏 | 「日本基督公会条例」の「信仰諸則」を中心にして 二つの流れ―いわゆる「公会派」と「長老派」― |
日本基督公会とは何であったか | 有 |
| No.78 | 2010春 | カルヴァン生誕500年U | 有 | |
| No.77 | 2009冬 | カルヴァン生誕500年 | 有 | |
| No.76 | 2009秋 | プロテスタント宣教150年U | 有 | |
| No.75 | 2009夏 | ニューエイジ思想と青年伝道 植村正久の戦い 横浜バンドの信仰的源流 神への問い その3 世界への驚き |
有 | |
| No.74 | 2009春 | プロテスタント日本伝道 一五〇年を記念して |
有 | |
| No.73 | 2008冬 | ファン・ルーラーにおける人間的なるものの評価 T・F・トーランスの三位一体論 「教義ノ大要」条項の成立経緯-教団信仰告白の源流 神への問い その1 命の秘義 |
有 | |
| No.72 | 2008秋 | キリスト論的視点と聖霊論的視点 予定論の現代的意義 カルヴァンの予定論 カルヴァンの聖書解釈 |
有 | |
| No.71 | 2008夏 | 荒れ野に備えられた主の食卓 聖礼典執行の諸問題 各国の現状と我々の立場 @ドイツ連邦共和国の場合 Aアメリカ合衆国内の教会 Bリマ文書(BEM)とその応答文書を日本に紹介した人達の問題 |
聖餐をめぐって | 有 |
| No.70 | 2008春 | 主が背後にあって 医療の合間に考えること 地域社会との関わりの中で |
信仰の戦い | 有 |
| No.69 | 2007冬 | 教会における音楽の役割(3) 教会と信条 なぜ聖書とともに信条が大切なのか カルヴァンの聖書解釈について(1) 改革派神学・長老主義・喜びの人生 熊野義孝の神学と我々の教会(下) リチャード・ニーバーの責任倫理と日本人(下) |
有 | |
| No.68 | 2007秋 | 熊野神学と我々の教会 教会における音楽の役割 礼拝の基本を問う リチャードニーバーの責任倫理と日本人 |
有 | |
| No.67 | 2007夏 | 旧約聖書と戦争・平和 教会における音楽の役割 教会員の生活−聖徒の交わり 物語る教会教義学(13)−文字から語りへ |
有 | |
| No.66 | 2007春 | 現代改革派教会の課題 教会規則−その基礎的理解と運用 牧師の日本学−日本とは何か(完) 物語る教会教義学(12)−開かれる言葉 |
有 | |
| No.65 | 2006冬 | 横浜バンドと日本基督公会 A.D.ヘールとJ.B.ヘール宣教師の足跡 T.T.アレキサンダー宣教師の足跡 日本に在る教会−ここからどこへ? |
有 | |
| No.64 | 2006秋 | 教会と音楽 ポストモダンの文脈における改革派の礼拝 物語る教会教義学−啓示篇 正典(カノン) |
有 | |
| No.63 | 2006夏 | 物語る教会教義学−啓示篇 テキストの権威 | 教会と国家 | 有 |
| No.62 | 2006春 | 改革長老教会の活力と現代の教会 改革長老教会講演再録 物語る教会教義学−啓示篇 語りから文字へ |
有 | |
| No.61 | 2005冬 | 教会の職務 | 有 | |
| No.60☆ | 2005秋 | 共同体としての教会 | 有 | |
| No.59 | 2005夏 | 信仰継承の意味と諸相 信仰生活の基本−礼拝者として証し人として 神の民の神学−イエスと教会 スコットランド教会の歴史にみる教会形成のビジョン |
有 | |
| No.58 | 2005春 | スコットランド教会に見る教会形成のビジョン 長老・信徒のための「スコットランド宗教改革」入門 スコットランド教会の歴史と現状 現代における終末論 第二部 |
有 | |
| No.57 | 2004冬 | シリーズ共同研究<教会の信仰>聖餐 現代における終末論 その2 物語る教会教義学−啓示篇 頌栄の共同体 |
有 | |
| No.56 | 2004秋 | 現代における終末論 物語る教会教義学−啓示篇 キリスト教と日本 |
有 | |
| No.55 | 2004夏 | シリ−ズ共同研究<洗礼> 物語る教会教義学<啓示篇> キリスト教と日本 |
有 | |
| No.54 | 2004春 | 福音に基づいた家庭を築くこと 物語る教会教義学<啓示篇> 私たちの教会が問われていること |
若干 | |
| No.53 | 2003冬 | 信仰告白は教会のきずな 信仰告白に結ばれた教会を求めて 礼拝者として生きる |
有 | |
| No.52 | 2003秋 | 人間形成と教育の課題 明治期キリスト教ジャーナリズムと現代の教会 牧師の日本学(2)―日本語を考える(B) |
有 | |
| No.51 | 2003夏 | 礼拝から伝道へ アメリカ改革派教会における礼拝の祝い 牧師の日本学(T)―日本語を考える |
有 | |
| No.50☆ | 2003春 | 共同体を再建しなさい 改めて問う三要文の位置と意味 教会形成と信条 |
共同体と伝統 | 有 |
| No.49 | 2002冬 | 科学、テクノロジー、そして神の善き創造 神の奥義の前で立ち止まる キリスト教学校の行方 |
有 | |
| No.48 | 2002秋 | 共同体論者との対話(3)…ウォルツァーの場合 聖なるものの交わりを信ず シリーズ共同研究<教会の信仰 聖化と回心> |
若干 | |
| No.47 | 2002夏 | 社会的存在としての初期キリスト教徒 共同体論者との対話(2) |
教会と青年 | 有 |
| No.46 | 2002春 | 共同体論者との対話(1) カルヴァン研究の最近の動向 カルヴァンの秩序概念について 信仰告白、規律、そして長老制度(1) エーべリングの解釈学的神学 |
若干 | |
| No.45 | 2001冬 | シリ−ズ共同研究 教会の信仰
その11 御言葉と聖礼典 キリストの教会を生かすもの キリストを告白する私たちの礼拝 物語る教会教義学その4、神の人格性 |
若干 | |
| No.44 | 2001秋 | われわれの時代に生きる教会 改革派教会の礼拝について 十字架につけられたキリスト 物語る教会教義学<啓示篇>その3 |
若干 | |
| No.43 | 2001夏 | 『魂の配慮への歴史』の基本線(2) シリ−ズ共同研究 教会の信仰 その10 福音と律法 物語る教会教義学<啓示篇>その2 |
若干 | |
| No.42 | 2001春 | 『魂への配慮の歴史』の基本線 伝統と現代 アメリカ改革派教会と日本の教会 物語る教会教義学その1、物語る教会の誕生 再考・カイパー 「カルヴィニズムと政治」(2) |
若干 | |
| No.41 | 2000冬 | 癒しの場所としての教会共同体 再考・カイパー 「カルヴィニズムと政治」 子どもの心と癒し 熊野義孝とバルトにおけるキリストの体 |
若干 | |
| No.40☆ | 2000秋 | 教会員と長老 長老の選出について 長老の務めとその育成 中会の必要性 |
教会と長老 | 若干 |
| No.39 | 2000夏 | 会衆が共に歌うこと―宗教改革から学ぶ…G.D.レーマン 伝道する教会 その2…松永 希久夫 「いずこへ 長老主義教会政治論再考」…松谷 好明 植村正久の聖書論―その2―…五十嵐 喜和 大いなる物語の始まり(11) 第7章 宮(教会)の物語…芳賀 力 |
僅少 | |
| No.38 | 2000春 | 航路なき時代への船出 ニケア信条と今日の伝道・礼拝…芳賀 力 「伝道する教会」…松永 希久夫 現代世界の諸問題に直面する改革派信仰の根本問題…M.オポチェンスキー |
僅少 | |
| No.37 | 1999冬 | 植村正久の聖書論 五十嵐喜和 日本における長老教会の源流(続) 岡部一興 オランダ改革派の伝統 G.イミンク 牧師の日本研究事始(16) 柳田國男から学ぶもの 保科隆 大いなる物語の始まり 都の物語 芳賀力 |
僅少 | |
| No.36 | 1999秋 | 絵本、物語る喜び 松井 直 大いなる物語の始まり 都の物語 芳賀 力 同性愛を巡る北米教会の状況 T.J.ヘイスティングス 日本における長老会議の源流 岡部一興/中島 耕二 今、子供たちに奨める本 金井 創 他 |
完売 | |
| No.35 | 1999夏 | 信徒としての召命 芳賀 力 教職としての召命 関川 泰寛 長老としての召命 加藤 常昭 各主題を巡る随想集他 |
呼び集められた神の民 |
若干 |
| No.34 | 1999春 | シリ−ズ共同研究 教会の信仰 アメリカ改革教会規則書に学ぶ 牧師の日本研究事始め(15) 柳田國男から学ぶもの 大いなる物語の始まり(8) 家の物語 |
完売 | |
| No.33 | 1998冬 | 予定論から目を背けるな シリ−ズ共同研究 神の選びと予定 大いなる物語の始まり(7) 日本における神学教育の現状と将来 カルヴァンの聖霊論 合同教団はいかにあるべきか(4) |
完売 | |
| No.32 | 1998秋 | 基本信条と改革教会の伝統 植村正久とカルヴィニズム(2) トランスにおける<信仰の遺産> 牧師の日本研究事始め 園の物語(2) |
僅少 | |
| No.31☆ | 1998夏 | 聖餐の意味と陪餐者の資格 植村正久とカルヴィニズム(1) 熊野義孝における教会論 大いなる物語の始まり(5)都の物語(1) 合同教団はいかにあるべきか(2) |
完売 | |
| No.30 | 1998春 | 品切 | ||
| No.29 | 1997冬 | 品切 | ||
| No.28 | 1997秋 | 品切 | ||
| No.27 | 1997夏 | 品切 | ||
| No.26 | 1997春 | 品切 | ||
| No.25 | 1996冬 | 品切 | ||
| No.24 | 1996秋 | 品切 | ||
| No.23 | 1996夏 | 品切 | ||
| No.22 | 1996春 | 品切 | ||
| No.21 | 1995冬 | 品切 | ||
| No.20 | 1995秋 | 品切 | ||
| No.19 | 1995夏 | 品切 | ||
| No.18 | 1995春 | 品切 | ||
| No.17 | 1994冬 | 品切 | ||
| No.16 | 1994/8 | 共同研究 教会の信仰(1)−啓示、神の言葉と伝統 生命概念についての省察 (2) 続<さばき=審判>ストーリー 牧師の日本研究事始(1) |
品切 | |
| No.15☆ | 1994/5 | 明治期日本の改革長老教会の礼拝 エキュメニズムにおける礼拝の改革 生命概念について |
完売 | |
| No.14 | 1994/2 | 日本の教会とニケア信条 東中央ヨ−ロッパにおける改革派教会 生・老・病・死について考える |
品切 | |
| No.13 | 1993/11 | 改革長老教会の礼拝 赦罪の権威 アンセルムスの贖罪論 |
品切 | |
| No.12 | 1993/8 | 今、改めて問う 聖餐の意味と課題 説教と聖餐 |
喜びの聖餐 | 品切 |
| No.11☆ | 1993/5 | 現代における家族・夫婦・男女 日本人の法意識 喧嘩両成敗を中心として 赦罪の権威 <つぐない=償罪>ストーリー |
品切 | |
| No.10 | 1993/2 | 品切 | ||
| No.9 | 1992/11 | 受洗への道 | 品切 | |
| No.8 | 1992/8 | 品切 | ||
| No.7☆ | 1992/5 | 品切 | ||
| No.6 | 1992/2 | 日本人への伝道 | 品切 | |
| No.5 | 1991/11 | 品切 | ||
| No.4 | 1991/8 | 完売 | ||
| No.3 | 1991/5 | 「御言葉によってたえず改革される」とは | 品切 | |
| No.2 | 1991/2 | 完売 | ||
| No.1 | 1990/11 | 品切 |
以下の連絡先まで、FAXでお申し込みください。御注文頂きました後、本誌と合わせて振込用紙を送付させて頂きます。
本誌:一冊\1050(税込)・送料(一冊160円、二冊240円、三冊360円)
季刊教会編集部統合アドレス:qk@kaichokyo.jp
まだ目次が出来上がっていない号に関しては、日本基督教団日下部教会宍戸俊介師の猫の神学研究所内、図書室の本棚収蔵季刊教会以下の各頁にリンクさせていただいています。
QK本誌でも用いられているダイナコムウェア社のTrueType版DynaFontがインストールされていると視覚効果が付きますが、なくても支障はありません。
通算号欄に☆がある号には総目次が掲載されています。